岩槻城主太田資正公生誕500年祭学習会

いよいよ来年は、太田資正公生誕500年です。

ぜひ応募してくださいね。

当日お会いしましょうね。

 

 

2021年5月29日 (土)

「自耕斎詩軸幷序を読む」学習会

「自耕斎詩軸幷序(じこうさいしじくならびにじょ)を読む」

 学習会

  •  日時:6月20日(日)14:00~
  •  場所:にぎわい交流館いわつき(岩槻人形会館となり)
  •     多目的室2(人形会館の駐車場が無料で使えます)
  •  資料代:500円(読者の方は200円)

 

 2021年が始まったと思ったら、もう半年が終わっていたんですね~。

「自耕斎詩軸幷序を読む 玉隠 岩槻城築城者の謎」も発売させていただいて半年ですが、

じわじわと浸透しております。「労作」であるという、ご感想を多方面から頂いております。

本当にありがとうございます。

 

けれど、もう少し読んでいただける方を増やしたい。

そんな思いもありまして、学習会を開催することとなりました。

講師は、今回は会長です。ごめんなさい。

 

定員20名で、当日先着順に座っていただきますが、心配な方はメールで予約してください。

ootasukemasa22☆gmail.com

(星を@にして送ってください)

 

 

 

2021年3月16日 (火)

叔悦禅懌師についてまとめています。

太田道灌の親族であることは確実な、叔悦禅懌師。今、管理者はその生涯についてまとめています。

 

万里集九との交流で知られ、太田資家の要請で、岩付太田氏菩提寺養竹院を開基したと知られています。

養竹院に「頂相」(生前の肖像)が残っています。もちろん中世に書かれたものです。

 

鎌倉五山第2位、円覚寺150世(149世)でした。

当時、鎌倉五山の住持の任命権は京都の将軍にあって、鎌倉公方でも手が出せなかったのです。

(なぜか黒田基樹氏は叔悦禅師のことを建長寺長老とか建長寺住持とか記していますが、歴代建長寺住持の名にはないし、建長寺に住したことも記録には残されていません)(記録があるとご存じの方は教えてください)(出版社に聞いたのですが、単なる記述ミスなのか、出典は分かりませんでした)

 

その弟子、奇文禅才禅師は、叔悦禅師の弟子で養竹院住持になりましたが、彼もまた、円覚寺住持となり、やがて建長寺住持となっていきます。

ですから、黒田基樹氏が「建長寺住持」と書いていてもさらっと読むと「そうなのかな」と思ってしまうのですが…。

 

叔悦禅師は建長寺住職にならなかったのに、その前後はなっているんですね。

それはなぜだったのでしょう。

 

それでも、竺雲顕謄禅師や、玉隠英璵禅師との交流の深さは、さまざまな記録に残されています。

「巣雪斎図」(静嘉堂文庫美術館所蔵、重要美術品)には、玉隠禅師とともに叔悦禅師の賛も載せられています。

大文化人だったのです。

資正研アーカイブ

資正研さんのアーカイブブログです。

資正研アーカイブ (ameblo.jp)

2021年2月 7日 (日)

早いもので2月となってしまいました。

皆様お元気ですか。

 

毎日のように更新しよう!

と決意して始めたブログでしたが、

こんな体たらくで申し訳ありません。

 

皆様ご承知おきいただいていると思いますが、

本会会員Sさんが新たに「玉隠と岩付城築城の謎」

という本を上梓いたしました。

 

さまざまに感想をいただいているとのことです。

 

特にSさんが気にしていた「自耕斎詩軸并序」の全文解釈については、

複数の研究者から太鼓判を押していただけたようです。

よかったです。この場でブログ管理者からも感謝を申し上げたいと思います。

 

あれもやりたい、これもやりたい、と

思っているのですが、コロナ禍でなかなか企画が立ち上がりません。

 

しかし、この「自耕斎詩軸并序」についてはしっかり学んでいこうと思っています。

«「玉隠と岩槻築城の謎」